通信システムでは多数の利用者が限られた資源を共有するため,その性能は内部で生じる混雑に大きく左右されます.通信ネットワーク上に生じる混雑は「輻輳 (ふくそう)」と呼ばれ,輻輳現象の定量的な把握は,通信ネットワークの設計ならびに運用において重要な要素となっています.
混雑 (輻輳) を引き起こす根源は,個々の利用者が自分に必要なタイミングで利用要求を行う結果,他の利用者との間で資源の競合が起こり,順番待ちをしなければならない状況が発生するという所にあります.すなわち,混雑現象は基本的にはその時々における偶然の結果であるということです.したがって,混雑が問題となるシステムは,システムへの入力パターンを前もって完全に把握することは原理的に不可能であるという特徴をもっています.そのため,混雑現象をモデル化するためには,偶然性あるいは不確実性を組み入れた枠組みが必要となります.
「待ち行列理論」は,確率論という数学を道具として用いることにより,このような不確実性を含む混雑現象を定量的に捉えるための基礎を与える,応用数学の一分野です.待ち行列理論が取り扱う主な対象は,混雑が問題となる様々なシステムの間で共通する構造のみを抽出した,抽象的な数理モデルです.例えば,通信ネットワークでの中継器の出力バッファにおいて通信データ (パケット) が作る待ち行列と,1台のレジの前に買い物客が並ぶ行列とでは,時間のスケールや物理的実体は大きく異なりますが,「待ち」の構造だけに注目すると,同じ形式で取り扱うことができます.
待ち行列理論は,混雑が問題となる状況に幅広く適用することができますが,特に通信ネットワークは主要な応用先であり,通信ネットワークへの応用を意識して「通信トラヒック理論」とも呼ばれます.
私の研究テーマも,通信システムへの応用を主に想定しています.特に,多種多様なシステムを対象として,それぞれの特徴をうまく組み入れた数理モデルを構築し理論的に解析することで,システム設計に活かせる知見を得ることを目的としています.