研究活動

通信トラヒック理論

通信トラヒック理論(Teletraffic Theory)は,通信トラヒックの性質と輻輳(混雑)現象との間の関係を確率モデルを通じて究明し,輻輳現象を定量的に評価することを目的としています.ここで用いられる数学は応用確率論の一種であり,待ち行列理論(Queueing Theory)とも呼ばれています.一般に,通信ネットワークでは,多数の利用者が回線やルータといったネットワークを構成する様々な資源を競合的に利用しようとします.多くの利用者が有限の資源を競合的に利用している状況では,利用したい資源がある利用者によって占有されているとき,他の利用者は資源が解放されるまで待つか,あるいは,その資源の利用をあきらめなければなりません.これがネットワークの輻輳へとつながっていきます.

また,インターネットでは,テキスト情報(電子メールやwebページ等),静止画,動画,音声等,様々な情報が同じネットワークを使って伝送されています.これらの通信サービスから生成される通信トラヒックは,通信サービス毎に異なる性質を持つことが知られています.また,実際に観測される通信トラヒックはこれらが混ざったものとなり,非常に多様な性質を持つことになります.このため,通信トラヒックがもつ多様な確率的性質を表現可能な通信トラヒックの数学モデルの構築と,そのモデルに対する解析手法の確立が主なテーマとなります.特に,通信トラヒックに典型的に見られる強い相関をもつ情報流のモデル化とその解析手法に関して多くの研究を行っています.

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トラヒック計測・分析

通信ネットワークの管理者にとって,運用している通信ネットワークがどのように動作しているかを知ることは極めて重要です.一方で,通信ネットワーク,特にインターネットは地理的に広く分散しており,また,多数の管理者が異なる通信ネットワークの結合体であるため,興味がある全ての地点で計測を行うことは出来ません.また,基幹回線ネットワーク部分では大量の情報がやりとりされるため,これら全てを逐一監視することにも多大な困難があります.一方,インターネットでは,web サーバの停止や,故意に輻輳を生じさせることを目的とした悪意のあるトラヒックが多数存在することが知られています.このようなトラヒックを検出し,ネットワークから排除することも重要です.そこで,目的に合わせた効率的な通信トラヒック計測技術ならびに通信ネットワークの周辺部における計測結果から通信ネットワーク内部における輻輳状況の推定技術など,確率的・統計的技法を援用して,効果的かつ効率的な通信ネットワーク計測・分析技術の開発を行っています.

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ネットワークコーディング

2000年に情報理論の分野でネットワークコーディング (Network Coding)と呼ばれるネットワークにおける情報伝達方式の画期的な概念が提案されました(R. Ahlswede, N. Cai, S.-Y. Li, and R. Yeung, ``Network Information Flow,'' IEEE Transactions on Information Theory,vol. 46, no. 4, pp. 1204-1216, Jul. 2000.).これは,ネットワーク内の中継器(ルータ,スイッチ等)において,異なる複数種類の情報を組み合わせて中継するという技術です.例えばある中継器でa,bという2つの異なる情報を受信すると,その中継器はこれらの情報を演算(符号化)してa+b等の異なる情報に変換した後中継します.このネットワークコーディングは,これまでインターネット等のコンピュータネットワークでは,情報の伝達単位であるパケットの経路を決定(ルーチング)し,転送(フォワーディング)することが本来の役目であった中継器の役割を覆す斬新な考えに基づいています.また,ネットワークコーディングは,これまでの情報通信ネットワーク工学におけるネットワーク制御・設計技術だけでなく,情報理論,符号理論,グラフ理論等複数の理論体系の融合分野となるため,研究開発への様々な観点からのアプローチが期待されます.

ネットワークコーディングは,ネットワークの情報伝達能力であるスループットをその理論的限界値である最大フローまで高めることを可能とする技術として提案されましたが,ネットワークコーディングの考え方を発展させ,誤り訂正符号,セキュリティ技術への応用,ネットワークモニタリング等様々な技術への応用,あるいはp2p・オーバレイネットワーク,無線センサネットワーク,無線アドホックネットワーク等様々なネットワークサービスへの適用が考えられています.本研究では,ネットワークコーディングを用いた新たなネットワーク制御技術,ネットワークサービスについての研究開発を行っています.

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マルチソースネットワークコーディングを用いた無線ブロードキャスト

ネットワークコーディングを用いたネットワークトモグラフィ

ロバストワイヤレスネットワー ク

電波上で情報を伝達する無線通信は,光ファイバ通信等の有線通信と比較して伝送特性が劣悪であることが知られています.本研究では,ロバスト性(頑強性)をキーワードとして,無線ネットワーク上で発生する様々な障害に強いネットワークの構築技術について研究しています.

本研究は,無線端末が基地局を介してインターネット等の基幹網との通信を行うインフラストラクチャ型の無線ネットワークと,無線端末同士がお互いに情報を中継し合うことによって無線端末のみでネットワークを構築する無線マルチホップネットワークの2つを対象としています.

インフラストラクチャ型の無線ネットワークでは,主にIEEE802.11無線LANのMACプロトコルにおける不公平資源配分問題について研究を行っています.IEEE802.11無線LANのMACプロトコルは,無線リンク上で情報を送信する端末に送信権(アクセス権)を配分する制御方式であり,本来無線リンクにアクセスする端末に対しては公平にアクセス権が配分されるように設計がなされています.しかし,インフラストラクチャ型の無線LANでは,無線端末と基地局の役割が異なるために不公平な送信権割当(不公平資源配分)が行われてしまいます.また,基地局からの距離等に応じて端末毎に異なる伝送速度を割り当てて通信を行うマルチレートIEEE802.11無線LANでは,伝送速度の小さい端末が原因となり無線リンクの利用効率が著しく低下するという問題も発生します.そこで,本研究ではIEEE802.11 MACプロトコルのパラメータと伝送特性の関係を数学的に導出し,その結果を用いてネットワークの状況に応じて動的にパラメータを制御することによりこれらの問題を解決するための手法を提案しています.

一方,無線マルチホップネットワークでは,ネットワーク中に無線端末が疎らにしか存在しない疎密度モバイルアドホックネットワークについて研究しています.これは,DTN(Delay / Disruption / Disconnect TolerantNetwork)という非常に劣悪な通信環境において通信を可能とする技術分野の重要な研究課題として知られています.これまでの無線マルチホップネットワークでは,中継端末は隣接端末から情報を受信すると即座に適切な別の隣接端末を探し出し転送する蓄積転送型(Store-and-Forward)の伝送制御を用いていました.しかし,疎密度モバイルアドホックネットワークでは,大部分の時間,隣接端末が存在しないため,この方式では情報を転送することができません.そこで,蓄積転送型伝送制御とは異なる蓄積運搬転送型(Store-Carry-Forward)という新たな伝送制御が用いられます.これは,無線端末は転送する隣接端末が現れるまで情報を保持し続けたまま移動することにより情報転送を可能とする技術です.本研究では,この蓄積運搬転送型の伝送制御に対し,数学的なモデルに基づいて性能評価・設計手法を行う枠組みを構築し,この枠組みを用いて様々なネットワーク制御・サービス技術を実現するための研究を行っています.

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マルチレートIEEE802.11無線LANにおける性能劣化問題に関する研究

疎密度モバイルアドホック網におけるマルチスプレッダルーチング方式

疎密度モバイルアドホック網におけるマルチキャスト通信

疎密度モバイルアドホック網におけるXOR演算を用いたデータ転送方式

進化ゲーム理論

近年,コンピュータの高性能化・低価格化・小型化,ネットワークの高速化・低価格化・利用可能範囲の拡充といった時代背景により,P2P・オーバレイネットワーク,センサネットワークといった,多数の端末から構成される情報ネットワークの利用が広まっています.これらのネットワークではその規模の大きさから全端末の挙動を統括的に制御することは事実上不可能です.これは,制御の複雑さ,制御に要する通信コスト,制御サーバへの負荷がシステムの規模に比例して増大するためです.また,制御サーバの故障がシステム全体の機能停止につながることも大きな問題となります.

したがって,こうした大規模分散型のシステムにおいては,個々の端末が自身のみの,もしくは近隣の端末とのやり取りにより得られた情報に基づいて,自身の動作を決定することで,システム全体として機能することが望ましいと言えます.このことにより,前述の集中管理型のシステムに比べて端末の故障に対するロバスト性(頑健性)や端末数に対するスケーラビリティ(拡張性)を向上させることができます.

その一方で,各端末の振る舞いはその端末を操作するユーザの意思により決定されます.一般的には,各ユーザはシステム全体としての効率・性能の向上よりも各自にとっての利益を優先して行動する傾向があり,両者は必ずしも一致するとは限りません.その結果,ユーザの利己的な振る舞いはシステム全体としての効率・性能を低下させる恐れがあります.

個々の自律的かつ利己的な振る舞いで構成されている典型的な例に生物社会があります.そこでは,優れた遺伝子が進化の過程における競争の結果,祖先から子孫へと受け継がれる現象が観測されています.このような個体間の相互作用の結果,社会全体としてどのような現象が現れるかを評価するための枠組みとして進化ゲーム理論があります.本研究では,生物社会と前述の情報ネットワークの類似点に着目し,利己的なノードの振る舞いがシステム性能に与える影響を進化ゲーム理論を用いて明らかにします.さらに,こうした利己的な振る舞いを積極的にとりいれたシステムの制御方式の確立も目指しています.

本研究の目標は,今後もますます加速されると考えられる大規模かつ多様なネットワーク環境に対し,理論的な枠組みを背景に,効率的なシステム制御を実現するところにあります.

進化ゲーム理論を用いたP2Pファイル共有システムの性能評価

進化ゲーム理論を用いたDTNにおける情報収集方式

P2P・オーバレイネットワーク

コンピュータの低価格化・高性能化,ネットワーク接続環境の拡充を背景に,インターネットユーザの数は年々増加しています.こうした一般ユーザの端末同士で仮想的なネットワークを構築し,独自のサービスに利用する動きが広まっています.これらのネットワークは,1対1の接続形態を基盤とすることからPeer-to-Peer (P2P)ネットワーク,もしくは従来のIPネットワーク上に構築されることからオーバレイネットワークと呼ばれています.P2P・オーバレイネットワークを利用したサービスの例としては,BitTorrent やWinnyに代表されるファイル共有,SkypeやKeyHoleTVなどの音声・映像通信などが挙げられます.

P2P・オーバレイネットワークの中には従来のクライアント-サーバ型システムと同様にシステム制御用のサーバを有するタイプのもの(ハイブリッド型)も存在しますが,基本的には前述のように個々のユーザ端末がそれぞれ独自のポリシに従って動作することでシステム全体として機能する,ピュア型が多くを占めています.その結果,ユーザ数の増加に伴いシステム全体の挙動を把握・制御することが非常に難しくなってきているのが現状です.

先ほどの進化ゲーム理論をネットワーク制御に応用した研究においては,主に理論を背景とした,システムの性能評価や制御方式の確立を取り扱っていましたが,その一方で,実際のシステムの挙動を計測・把握し,モデル化することで,新たな制御方式の確立につなげることも重要な課題です.具体的には,世の中で実際に広く利用されているP2P型ファイル共有システムの実態調査を行うことにより,ネットワーク内におけるファイルの拡散,ファイル検索・取得・蓄積に対するユーザの挙動といった各種の現象を明らかにすることが挙げられます.

得られた知見に関しては,新たなコンテンツ配信モデルの検討,違法ファイル・ウィルス・機密情報の氾濫・流出の防止といった面での応用が期待されます.

P2Pファイル共有システムにおける高頻度流通ファイルの実時間計測

混雑現象に関わるデータ分析

理論的な知見に基づいて,病院などのサービス施設における実データ分析を行っています. これまでに病院施設等から提供いただいたデータを分析し,病院外来の混雑分析や入院病棟における看護業務量の分析などを行ってきました.(研究に関するオプトアウト)